書庫(73)

現代小説(16)





■嘘神
著:三田村志郎
版:角川ホラー文庫
価:667円
□読書ノート
引:どれだけカスミに請われても、俺はみんなに水を分けなかった。カスミの命を守ることだけを考えていた。自分勝手。そんな俺をユミはまだ信じてくれた。ありがとう。声にならないほど嬉しかった。どんなにおいしい条件だろうと呑むわけにはいかない。友達の命を奪うなんて人のすることじゃない。欲なんかに惑わされちゃいけないんだ。
―ほんとに?
感:6人の高校生男女が生存をかけて争うゲームのような小説です。恋愛や友情など様々な感情と自分の生存欲求と葛藤していく様は見事でした。読後、特に頭残るイメージは恐怖との戦いであったと思います。命を脅かされかねない中で必死で頭脳を使い相手を信じる事こそ、本当の強さだと思いました。
薦:人の心理に興味がある人、中学〜高校生で友達関係に悩む人




■マイナス・ゼロ
著:広瀬正
版:集英社文庫
価:762円
□読書ノート
引:神田一ツ橋にある如水会館は、終戦後間もなく進駐軍に接収され、GHQのオフィサース・クラブとして使用されていた。スターダスト・ルームと呼ばれる部屋は、その二階にあり、大きなドーム状になっていた。
感:僕の読んだ小説の中では最高傑作だと思います。最初は物語の世界にうまく入り込めなかったのですが、読みすすめていくうちに「あっ」と叫んでしまう面白さがありました。タイムマシーンで過去にいく話自体僕は好きなのですが、「古きよき東京」「戦争」「共産党員」など納得のいく伏線に驚きの連続でした。







■吼える遺伝子
著:霧村 悠康
版:静山社文庫
価:743円
□読書ノート
引:片山には良い考えが浮かばなかった。いると答えれば、西夢苑好子の姿を刑事たちに見られることになる。それはまずい。いないと答えて、何か捜査に支障をきたすだろうか。先日の自殺事件と本当に何か関係があるのだろうか。片山は、できることならば、いや絶対に西夢苑好子の姿を外部のものには見せたくなかった。自分だけの心の中に留めておきたかった。でなければ、あまりにも彼女が可哀相だ。
感:刑事事件を医療の立場から謎を解いていく意外性と、主要人物達の知性・優しさに唸りました。それから、物語全体を覆っている哀しさを感じました。警察・大学病院・温泉村の組合せも絶妙です。




■涙はふくな、凍るまで
著:大沢在昌
版:講談社文庫
価:619円
□読書ノート
引:「難しいことはわからないが、今のロシアはきっと、戦後のどさくさの時代の日本と同じなんじゃないかな。目はしのきく奴が大儲けをして、ぼさっとしている奴は馬鹿を見る。たまにロシア人なんかで日本語のできる奴と話していると、国だとか政府は、まるでアテにしていないのがよくわかるな。要は自分の才覚だけで生き残るしかないって感じなんだよ」酒井がいった。
感:サラリーマンが北海道にロシアマフィア同士の争いに巻き込まれるという舞台設定が、なんとも新鮮でした。読み終わってから、美瑛・小樽・稚内という北海道の地名や、サハリン、チェチェン、グルジア、アゼルバイジャン、ウズベキスタンといったロシア関連の地名を地図で調べました。東京で暮らしていれば普段あまり耳にしない地名にマフィアややくざ、アヘン取引に絡んだ物語を作り出す著者の想像力に感服しました。





■心では重すぎる 上
著:大沢在昌
版:文春文庫
価:629円
□読書ノート
引:「どうでしょう。たとえば小説家やマンガ家、画家などという仕事なら、小さな頃からそういう世界への興味をもった人間が成功するといったこともあると思います。しかし極端な話、ダンサーとか料理人のような、ふだん試す機会もないような仕事だったら?自分の才能に気づかないということが起こりえると思いませんか。(以下略)」。
感:探偵として関係者一人ひとりから話を聞きにいく主人公は、まるである企業の全ての部署を訪問する営業マンのように見えました。若者・暴力・セックス・ドラッグなど刺激的な要素を壮年者の立場から見極める視線は、著者の主張がストレートに伝わってくるので読み応えがあります。





■心では重すぎる 下
著:大沢在昌
版:文春文庫
価:629円
□読書ノート
引:私は若者を異性人と感じているわけではない。だが若者は、興味の対象を同年代に絞り込む傾向がある。対象を外れる年代の人間は、30代、40代、50代、60代、どの年齢であっても、風景と同化する存在でしかない。渋谷の街を歩く私の姿は、そこを占拠した若者たちの大半にとって風景の一部でしかないような気がしてならないのだ。
感:普段僕が感じている事を著者がスパッと言ってくれる小説です。相対する人物の描写と主人公の意思の強さ、作者のメッセージが絶妙なバランスで描かれていて、読んだ後には他人と向かいあう勇気が湧いてくる気がします。




■悪夢のエレベーター
著:木下半太
版:幻冬舎文庫
価:600円
□読書ノート
引:小川は、必死でドアを開けようと、両手の指をドアの隙間に滑り込ませた。ありったけの力を込めるが、ドアはビクともしない。何か方法はないか?小川はエレベーターの中を見回した。
感:構成の緻密さに驚きました。そして少ない登場人物の誰もが輝く物語でした。物語自体は暗いはずなのに、なぜか明るい読後感が残ります。ゲームを見ているような感覚で読めました。





■家族の行方
著:矢口敦子
版:創元推理文庫
価:840円
□読書ノート
引:「家族は重荷でしたか」私はささやくように聞いた。英行は視線をはずし、二杯目の水割りを作りはじめる。
「重荷だからといって捨てるわけにはいきませんよ」質問からずいぶん時間をおいて、答える。
私は聞こえなかったふりをして言う。「捨てるだけなのよね、男は」
「捨てたのは、私ではなく、むこうの方ですよ」
感:消えた少年を母と子が追いかける話です。母の視点中心で見えなかったものが子が本音を出す事で進展します。そして母と父の過去が明らかになるところでこれまでの人間関係に対して納得感が得られました。もう1つの家族、消えた少年とその両親にも業の深さを感じます。






■まさかの結末
著:E・W・ハイネ
訳:松本みどり
版:扶桑社ミステリー
価:667円
□読書ノート
引:「(前略)それに中世のスコラ学者たちにしても、自ら世界を体験することなく、ひたすら頭で考えただけでした。アダムとイヴはへその緒を持っていたか?こんな問題をあかずに論じたてたのだって、衒学的な論争癖からというだけでした。魂は精子によって引き継がれていくのか、あるいは、トマス・アクイナスが主張したようにつねに新たに生まれるのか、公会議もさんざん頭を悩ませました。(以下略)
感:ドイツ人著者の知的なショートショート集です。舞台がヨーロッパなのであちらの地理や歴史にかなり詳しくなければ楽しめないかもしれません。逆にヨーロッパに興味を示すきっかけになれたかもしれません。




■仮面山荘殺人事件
著:東野圭吾
版:講談社文庫
価:533円
□読書ノート
引:「あの事故はおかしいと思うのです。納得できないことが、いろいろとあるんです」彼女の言葉に誰もが固唾をのみ、他の人間たちの表情を窺ったようだった。高之もそうしていた。はっきりしていることは、彼女が突拍子もないことをいいだしたと考えている者は、この中にはいないということだった。
感:初めて読んだ東野作品です。殺人事件を舞台に登場人物達がディベートを繰り広げる様は著者の知性を感じます。テンポの良さは読みやすいです。東野さんは引き出しの多い作家と聞きました。これから増やしていきたいと思います。




■君はフィクション
著:中島らも
版:集英社文庫
価:524円
□読書ノート
引:「僕もそう思うね。OPSYは汚れた雑誌だよ。取材ならお断りするよ」僕は微笑んだ。彼らの言う通りだ。認めざるを得ない。だから僕は胸ポケットから取り出して、いつ誰に渡そうかと考えていた自分の名刺を彼らの眼前でゆっくりと引き裂いた。そして言った。
感:かなりロックでパンクな短編集です。アウトローの世界を見せてくれるので今の仕事に疲れた時にはいいかもしれません。それを支えるのは、まるで自分自身が経験していたのかと思えるほどのリアリティな描写力だと思います。天才作家とはこの人の事だと理解しました。




■極楽カンパニー
著:原宏一
版:集英社文庫
価:514円
□読書ノート
引:「それもこれも、われわれの会社べったりがあったればこその話ではないか。もしわれわれが毎日律儀に定時出退勤して、週休二日もきっちりとり、盆暮れ正月もゴールデンウィークも、祝祭日も有給休暇も慶弔病魔に襲われたときも、家庭万歳プライベート優先とばかりに休んでいたら、いまの日本はどうなっていたと思うんだ」
感:スカッと爽快な小説です。定年後も働く事が良い事かは判りませんが、会社とは青春そのものだという事を堂々と言ってみても良いかと思えます。




■みぞれ
著:重松 清
版:角川文庫
価:629円
□読書ノート
引:雅美は、そんな龍之介の前にしゃがみこんで、ゆっくりと頭を撫でた。僕を見る。やっぱりだめだよね、と寂しそうに微笑む。僕も、そうだよな、とうなずいた。僕たちは龍之介の”両親”だ。子供に悲しい思いや寂しい思いをさせて平気な親なんて、親じゃない、ぜったいに。
感:やられました。電車の中で泣いてしまいました。重松さんの言葉はいつも心のツボをついてきます。共感性が高くて優しい。なんでこんなに心に伝わる言葉を知っているのだろうと思います。




■沙樓綺譚
著:浅田 次郎
版:徳間文庫
価:629円
□読書ノート
引:思い出したくもあるまい。また、言えば愚痴になる。彼らはそれぞれのやり場のない思いを映画にぶつけ、ただ飢えた国民のために尽くそうと考えているにちがいなかった。
感:戦後を必死でくぐり抜けてきたからこそ出せる台詞に迫力を覚えました。無謀な戦争で大敗した日本を立て直そうと頑張ってきた世代の話です。上の極楽カンパニーにも通じるところがあります。



■夜市
著:恒川 光太郎
版:角川ホラー文庫
価:514円
□読書ノート
引:木々の間に一時的な店が並ぶその光景は、お祭りの屋台に似ていなくもなかったが、夜市は根本的なところで、お祭りとは違っていた。お祭りは賑やかだが、夜市は静かだった。お神楽も、ラジカセから流れる音楽も、人の声もしない。静かな森の中に、静かに店が並んでいた。
感:幻想的な世界に入り込める小説です。人間の欲望を満たせる市場「夜市」の取引はお金だけでなくもっと大事な物でも成り立ち、それが怖さや哀しさを作り上げています。


■虚の王
著:馳星周
版:角川文庫
価:743円
□読書ノート
引:「おまえだってその気で来たんだろう」吐きだされた言葉−その気だった。だが、望んでいたのはあんな形ではなかった。口に含まされ犯された。襟首の布地が伸びたTシャツ。引き破られたパンスト。温もりはなかった。快感もなかった。あったのは嫌悪と苦痛だけだった。
感:暴力やセックスが躊躇なく登場し弱肉強食の争いをしています。元々暴力系小説は得意ではないのですが、馳氏の言葉が心でなく直接体に突き刺さるような感覚に陶酔することができます。暴力意外に言葉での争いもあるから、争いがよりリアルに感じられるのではないかと思います。